映画「ボーダー 二つの世界」ネタバレあり感想(2022.9.7)

昨夜、見終えた勢いのままに語った感想の言葉はミスリード的だったという自覚がだんだん強くなったので、改めて感想を言葉にしておきたいと思う。しかしフェアな感想は目指すまい。なるべく私個人の視線に忠実に。

 

鑑賞直後の感想で私は何度も「美しい」という言葉を繰り返した。決断が美しい。葛藤が美しい。これは揺るがず胸に在り続ける感想である。決断の結果、彼女は初めて心を許し合えた相手との関係を自ら断ち切ることとなり、しかも相手の死(とその場では思われるもの)に直面した。その時の画面は本当に美しかったのである。真夜中のフェリー。照明がこうこうと照らすデッキとは対照的に闇に沈む海。愛した相手が沈んでいった海。そこに映し出される半分影になった主人公の横顔を涙が伝う。

ここで私は大前提となる言葉を加えていなかった。主人公の外見は醜いということを。

動物的造形。映画の「アバター」の現地民や実写版「美女と野獣」の野獣は、やはりそこはたくさん人を呼び込んで人に愛されるべく、異形でありながらも美しい。でも多分、人間を動物化したら、もっと野性的造形にしたならばこういう形になるのだろう。こういう時、顔の描写の修練を積んでおけばよかったと思うのだが、何て表現すればいいのかしら。それこそ鼻面のように額からおうとつなく鼻に続いているシルエットとか、くぼんだ丸い目とか。いつも半開きな唇からは歯が剥き出しになっている。

でもそこにあったのは美だったんだよ。でも美を感じている自分は主人公をどう見ていたかと言うと醜い人間としてではなく、一種の動物が、生まれた時から自分を取り巻き形成してきた社会が自分の本来の出自を拒み卑下してきたことを知った上で、それでも自分の中に育まれた倫理観と正義に従って行動し、肉体としての存在ではなく、社会的存在として行動を選択したということが、それを表現している画面が澄み切った水晶が夜を映しているかのような透明で壊しがたい硬質な美しさを持っていると感じたんですよ。

 

経済とカネをテーマに取り扱った漫画『ハイパーインフレーション』では差別的と思われたくない人間の心理について語った回があって、今の自分がそれに囚われてないかって言ったら十中八九囚われてるんだけど、そこはそこで人間の女子の美醜において明らかに醜いカテゴリに入ってる自分であるから見た目で人を嘲笑されてきた分、他人にはそれをしたくないし、つまり主人公は本当に醜い容姿だということを強く意識してるんだけど……、差別をする人間と思われたくない、差別的表現をしたくない、よき人と思われたいという欲求は制御が難しいねえ。

 

私が主人公を人間ではなく、人間とは異種の動物と捉えているのは映画の流れ的にはあっている。で、決断や葛藤の美しさを感じるシーンで、主人公を動物と捉えながら感じることは、それもまた人間側による自己満足的、ポルノ的捉え方ではって思っちゃうんだけど、差別、区別、排他、選り分け、等々の感情を抱えたまま生きていくのが人間なんだ世界は白黒はっきり分かれてる訳じゃなくて灰色だぞ観念しろオラッ!という訳で、人は心が美しければ美しいのだという「美女と野獣」が語ったような真実の愛を私は持ちえないんだけど、でもあのシーンについて尋ねられたら「美しかった、個人的には」と断言する。していこうな。そういう人間なんだから。

 

さて作中には性描写や森を全裸で走り回るシーンがあるんだけど、そのへんをどう見たかと言うと上記通り、私は主人公を動物の一種として見ているのであり、そこは全然、特に笑うところでもなく……むしろ「劇中、ラジオから流れてた曲のタイトルが知りたいな」とさっき検索をかけたら気持ち悪いという感想や嘲弄する言葉を見かけてたいそうへこんだ訳ですが、そこは美醜云々というよりは主人公の本来の種としての生態って感じなので、この先思い切りネタバレ的文言を使うのですが、

 

ムーミンってリアルに存在させたらこういう感じなんだな、と。

 

というかムーミントロールって上位種なんだなあと知った。そこらの動物より強いし、言うことをきかせられる立場なんだ。色々と目から鱗でした。

で、ネタバレの関連から一行空けしちゃったけど醜い、あるいは気持ち悪いという点に関しては劇中に描かれる児童ポルノ摘発で明らかになる実態の方がおぞましくて、むしろ気持ち悪くてこれ以上見たくない知りたくないと思ったのはそっちだったし、一周した結果、児童ポルノ問題において何よりもまず第一に救済すべきは被害者ってほんとそうだよ……と落ち込んだ。

しかし映画が加えた原作にないこの要素こそ、映画を原作以上のクオリティにしているのであり、ルーツとしての自分は何者か、人間社会で数十年間育まれてきた自分という存在は何なのか、どの生き方を選択するのか、という物語の関節をより力強いものにしている。

 

虫を食べるシーンがあるので、そういうの苦手な人は本当に苦手だから無理しなくてもいいなとは思う。ちなみに私も昆虫食に親しんでいるということは全くなく、イナゴの佃煮も生涯食べることはないと思うんだけど、この映画で見る分には動物の生態だなと納得しながら見られたし、食べる瞬間の自然な素早さというのが「ああ、野性とは粗雑ではなく生存と狩猟の為に洗練された仕草や動作なのだ!」と気づいて自分の中では小さな感動が生まれていました。